管理者より★

ヒーリングルーム『Hands On Hands』を運営しています、へいたと申します。happy01  どうぞよろしくお願いいたします。shine

このヒーリングルームでは、主に対人援助の現場(福祉・介護や医療・看護、あるいは教育現場など)で働く方々、あるいはそこで援助を受ける当事者の方々のためのヒーリングを主たる活動としています。(※一般の症状をお持ちの方にも対応しています。)

私の行なうセッションは、「レイキ」というハンド・ヒーリングをベースとして、必要に応じてリーディング(心身を包むエネルギーへの接触と読み取り)も取り入れ、心身のリラックスだけではなく、霊的な気づきやヒントをしっかりと得られるようなセッションを心がけています。

セッションの内容については、詳しくは、左側ウェブページより「Hands On Handsについて」、「セッションメニュー・ヒーリングルームへのアクセス」の2つの記事をご覧ください。

携帯からご覧の方は、同内容の記事が「カテゴリー一覧」⇒「セッションのご案内」よりご覧いただけます。

|

自分を赦すということ・・・(1)

ヒーリングとケアとのかかわりを考えたとき、このところ私の中に浮かんでくるのが「赦(ゆる)す」というテーマです。

このテーマは以前からたびたび私の中に浮かんでは消えていくテーマだったのですが、このところその意味がよりはっきりしてきた感じがあります。

ケアに携わるひとは、日々の仕事の中で、往々にしていろんな思いをかかえていくものだと思います。

日々接する相手=施設の利用者さん、障害や病を抱える当事者の方に対する、複雑な思い。

共に従事する、仲間や同僚のスタッフに対するさまざまな思い・・・。

そして、自分自身に対する思いなど・・・本当にさまざまなものに日々向き合う仕事なのだと思います。

もちろんそこから目をそむけることは、いくらでもできるものですが・・・。

しかし、そむこうとしてもしきれない、そういうところもあるのではないかと思います。

私としては、目をそむけるよりも、しっかりと向き合う方が、かえって楽になる(可能性がある)し、また自分にとっても結果的には栄養になる部分が大きいのではないかと、そんな風に思っています。

以前、研修で出会った、本当に尊敬できるある先輩がこのようなことをおっしゃっていました。

「障害の方とお付き合いしていくと、何故かその人(=援助者)自身の家族の問題も出てくるもんなんです。いっしょうけんめいやればやるほど、いっしょうけんめいやっていこうとする人ほど、そういう壁にぶつかって、しんどくなるもんなんです。

だからわたしたちの会では、時間をとって、職員のカウンセリングをしているんです。そんなことまでするんかいな、と思われるかもしれませんが、これはわたしたちは本当に必要なことだと思ってるんです。本当にやればやるほど、そういったことが出てくるもんなんですよ。」

私も何となく自分自身の実感から、このことには激しく共感を覚えるところがありました。

それがこの仕事にまつわる問題を解いていく上での、ひとつのカギではないかと・・・。

そのようなことから、現在私は、ヒーリングと同時に、ヒプノセラピーで幼児期退行のセッションを行なっています。

心身のリラクゼーションということをより深く考えていったとき、特に援助業務に携わる人のリラックス(体調の調整)ということを考えたとき、“必ず”ではないかもしれませんが、往々にして重要なポイントなのではないかと思えるからです。

|

未来へのビジョン

このところよく人から、「へいたさんは、これからヒーリングの方を中心にやっていくの?それとも施設の仕事がやはり中心なの?」と尋ねられます。そこで、これからの私の歩みについて、いま受け取っているビジョンをご紹介してみたいと思います。

(※以前の記事に加筆・修正させていただき、新たに記事とさせていただきました。)

実は私自身も、上記のような問いを自分自身に何度も繰り返してきました。

しかし考えてもなかなか答えが見えなくて、仕方なく(?)瞑想をして、自分自身の潜在意識(あるいはハイアーセルフかガイド)にビジョンを尋ねてみることにしました。

そこで見えてきたビジョンでは、私は大きな紙に、絵筆のようなもので、絵を描いていました。

そしてその「絵」はいまかかわっている障害者援助の仕事に関するもので、それに関して何らかの大きな仕事を思い描いている(あるいは実際に手がけている)のだと直観的にわかりました。

しかし、その絵を描いているエネルギーは、私がふだん仕事をしているときに使っている、あるいは発揮しているエネルギーと同じものをベースに持ちつつも、どこか違いをもった、新鮮なエネルギーでした。

そしてそれは、ヒーリングのエネルギーがサポートして、そうなっているのだということが、エネルギーが変容しているのだということが、わかりました。

ビジョンの中では、映像と、音声と、それと感覚が一体となって、一瞬のうちにそれが何なのか知覚できることが多いのですが、そのときもそれはひとつひとつ説明されるのではなく、一瞬のうちに強いメッセージとして私に伝わってきました。

私はもともとさまざまな経緯からヒーリングには関心を持っていたのですが、今回このようにしてヒーリングをはじめたきっかけは、ある種の導きのようなものでした。

自分自身の使命としてこれはやらなければならないと強く突き動かされ、始めた次第でした。

そしてそれが仕事とどうつながってくるのか、ある程度は理解し、分かっていたのですが、このビジョンを見られたことで、それがよりはっきりと、そしてある種の“生々しい実感”を伴って、私に伝わってきました。

まさに『未来』を、実体験したような、不思議な感覚がそこにはありました。

このビジョンを言葉で現わすとすれば、『私は今後、ケアというものをヒーリングによって基礎づけるような作業を、ひとつのテーマとして、活動してゆく』と言えるのではないかと思いました。

そして後でこのことを振り返ったとき、

“今までの苦労、困難、挫折・・・すべてのことは、このような作業をしていくための『準備運動』だったのだ”・・・と再び直観的なメッセージとして、伝えられ、理解しました。

今の時代において『ケア』という営みにかかわっていくことは大変意義深いものだと感じます。

それは『人と人とが助け合うこと』がこれほど難しい時代はないのではないか、と思うと同時に、それを変えるチャンス、可能性も、逆にその分大きくなってきている時代なのではないか、と思えるからです。

思うに『ケア』という取り組みは、それがどんな小さなこと、ささいなことであっても、『地球を癒す』という壮大な取り組みのひとつなのであり、そして尚且つ、現代社会の構造においてもっとも足りない要素の「大きなひとつ」を埋めていく作業なのではないでしょうか。

ケアの世界というとどうしても、日々の労働の困難さばかりがクローズアップされますが、私はこのような側面、いわば『霊的な側面』をじっと見つめて、そこにある『光』というものを描き出していこうと思います。

私はこのようなことを感じ、思いながら、そして日々迷い、悩み、笑い、楽しみながら、『ケア』ということに取り組み、そして『ヒーリング』のことにも取り組んでいるところです。

|

ケアの世界から見たヒーリングの役割

私はふだんは知的障害を持つ方のケア(生活のサポート)にかかわっています。

そんなことから、そこから見たヒーリングの役割・・・あるいはそういった世界における『霊性』とは、といったテーマで少し書いてみたいと思います。

今回は、ちょっと踏み込んで、私の個人的な経験や、そこから来る思いについて書いてみます。

私がケアにおける『霊性』ということを考え始めたのは、第1には個人的な経験からでした。私の家族が病で長期にわたって入院していて、そこでケア(看護)という世界でのさまざまな矛盾を身をもって味わったのです。

まだ10代の前半ぐらいでしたが、それまで日本は豊かないい社会だとおぼろげに思っていたのが、根底からくつがえされる経験を味わいました。いま振り返っても、精神的に落ち込んだことはやはりこれほどない、というぐらいの経験でした。

同時に日本におけるケアの分野というのがこれほど貧困なものなのか、と愕然としました。また社会からのチェック、あるいは関心というのがまったくない、ということにも驚きました。何かあったときの対処、というのが社会としてまったくといっていいほど整備されていない、とよくわからないながらも肌身で感じていました。今ではいわゆる高齢化社会というよくわからないお題目もあって多少は社会からの目というものは高まってきたのかもしれませんが・・・それでもケアに対する感覚というのは、本当に貧困な社会ではないかと思うところがあります。原因としては、『公共』というものへの意識の低さ、『社会的資源』というものへの意識の低さがあげられるのではないかと思います。すべては「皆でつくるもの」という意識があまりにも希薄ではないかと思うのです。

一方でこれも実際の仕事にかかわる中でわかってきたことですが、日本の社会には「助け合い」「お互いさま」という素朴な感覚があります。これは活かし方によってはとても大きな力になるものです。だからあまり悲観することもないのかな、と思ってはいますが、やはり『計画的に社会をつくっていく』『つくろうとしなければ、それは現出しない』という感覚の弱さが、社会的資源の充実や公共の資源の豊かさを育んでいく上で大きなネックになっているような気がしています。

これは現場における自分の仕事の仕方を振り返ってみても、自己反省点として上げられるところです。

蛇足ですが、かつて医療従事者や福祉従事者への絶望感をはげしく持ちながら、いまそこに自分が立っている。そして自分もまたいつでもそういった批判の対象になりかねないところに、日々いる・・・というのも何だか不思議な巡り合わせだな、と・・・我ながら時々不思議に思うところがあります・・・。sweat01

さて、そこで『霊性』の役割ですが、私はこのような状況の中で、足元を見つめ、日々の実践を高めながら、かつ社会にその抱えている根本問題を訴えていく、というときにこのことが大事になってくるのではないかと思うのです。

より「人間らしい」ケアのあり方、より「自然な」ケアのあり方・・・今風に言えば「人にやさしい」といった言い方もあるかもしれませんが・・・これはあまりしっくりこないような気もしますが、ともかくそういったことを志向し、実践していく中で、より本当のケアができ、そしてより本当のところが社会にも伝わっていく、と思うのです。

そういったことから、このテーマについて、これから時々私なりに思うところを書いていってみたいと思います。

|

自分の過去と向き合う ・・・ その① 『前世療法』での体験

私自身、何度かヒプノセラピーにおける『前世療法』を受けたことがあるのですが、その中で一番“過去”の、つまり古い記憶をご紹介したいと思います。

---------------------------------------------------------------------

時代は紀元前 ・・・ 私はあるヒーラーの下で学んでいました。

ヒーリングを行うものが人々から敬われていた時代もありましたが、その時代はそのような文化は廃れていて、ヒーリングを行うものはむしろ迫害されていました。人々は金や暴力によって支配されていました。

わたしもまた、そのように目に見えるものしか理解せず、利己心と恐怖心、そして自己保全欲に固まった、ひとりの男でした。

しかし、私はそんな時代でも勇気をもってヒーリングの道を歩み続ける一人のヒーラーによって、目を開かれたのでした。

しかしこの時代ではよくあったことのようですが、私の師もまた時の権力者たちによって、見せしめのように殺されてしまったのです。

私はまるで光を失ったかのように、絶望の淵に立たされました。

やがて私のような末端の弟子たちの家までも、権力者の手下たちがやってきました。

(そしてそれに脅された、親しくしていた村の人たちも・・・!)

そして私に“このようないかがわしいこと”(ヒーリングの施術や儀式のこと)を止めなければ家族もろとも皆殺しだ!とせまったのです。

わたしは恐怖におびえる家族を背に、決断をせまられました。

私には一つの選択しかありませんでした。

家族を守るためにヒーリングの道を捨てたのです。

私がどれだけこの道に自らを賭けてきたのかまわりで見ていた家族は知っていたので、この決断には驚いたようでした。そしてある意味、私自身が感じた以上に、家族はみじめな思いを、そして言い知れぬ怒りを抱いたようでもありました。

私は一切の儀式や技法を捨てました。

そして家族と共に、目立たぬよう、ひっそりと暮らしていくことを決めたのです。

しばらくの時がたち、私は別の方法で、この時代に学んだことを形に残そうと決めました。

・・・『絵』を描いて、それを後世の人々に伝えようとしたのです。

しかし、精霊やヒーラーの絵を描くことは、死を意味しました。

私はまだ監視の目にさらされていたからです。

私は、ヒーリングで感じたことや見えたものを、ありのままに描こうとしました。

光や光の存在、そして人間の魂や、持っている純粋なエネルギーそのものをです。

それは普通の人が見ても、一見何が書いてあるかは分からないものでした。

人々は私が気が触れたのだと思ったりもしたようでした。

しかし私は満足でした。

生まれながらに、この道を歩く運命を背負った人には、あるいはそれに近いポジションにいる人たちには、きっとこの絵の意味は、直観や霊感を通して十分に、そして正確に伝わるだろうということが、確信できたからでした。

私は幸せでした。何よりも家族を守ることができました。ささやかながらも、また家族の団らんを取り戻すことができました。そして・・・自分の信じた道をも、形は変わったものの、守ることができたからです。これがわずかでも師への恩返しになれば、そしてわれわれがやってきたことが後世の人たちに少しでも伝われば、少しでも役に立てば・・・と思いました。

-------------------------------------------------------------------

このときのセッションでは、この“家族の団らん”というシーンで記憶は終わりました。

今思えば、このセッションで見たことが、すべて自分のいまの生き方の原点になっているような気がします。

そして現世で経験してきた、さまざまなことがここに結びついているようです。

ヒプノセラピーのセッションでは、このように現世に関係すること、あるいは現世のさまざまな出来事の原因となったことに、自動的に遡っていくことが多いようです。

また折を見て、このような体験談をご紹介できれば、と思います。

|

ヒーリングの道とは・・・

ヒーリングの道・・・とは何だろうか、と改めて考えることがこのところ多くなっています。

私が思うには、ヒーリングの道とは、一部の特別な人の道ではなく、人なら誰でも通る道のひとつなのではないかと思っています。

この地球上に生まれて、生きていくこと、それはすべて人を、地球を癒していくための営みなのではないかと、そう思うのです。

私が今かかわっている「福祉サービス」という分野も、またそのような特色が濃い仕事のひとつだと思います。

マザー・テレサの本を読んでいたら、こんな言葉に出会いました。

『(奉仕について)私は皆さんに神に近付くための方法を教えているのです。』

『(奉仕する人の態度について)傷つかなければ、真実を知ることはできない。』

(原文をやや変えてあります)

福祉や奉仕という一見自己犠牲的な行為も、元をたどれば『自分自身』が神に近づこうという「個の欲求」あるいは「願い」を満たすための行為ではないですか、とマザーは言ったのではないかと思いました。

「神」とは言いかえれば、「自然」や「人間らしさ」とも言えるのではないでしょうか。

「自分がこうありたい」という望み、またはそれに近づこうとする「チャレンジ」・・・そのような見取り図の中に、自分がいまかかわっている「福祉サービス」という営みもあらためて位置づけてみたいと思います。

そして「傷つくこと」は「あたりまえ」だということ。特にこのような営みを生業とするものにとっては、それは避けられないことだということ・・・往々にして自分が「傷つかない」ことを第一だと思うと、本当にその世界に、真実に飛び込むことはできないものです。

ここで言われていることは、いたずらに自己犠牲な態度を強要するものではなく、何事をも「恐れない」気持ちを持つことの大切さなのではないかと思います。

先ほどすべては癒しの道に通じているのだと言いましたが、福祉や奉仕の道は、その中でもやや険しい道であると言えるかもしれません。

そこを歩き通すことは、苦難を伴うものとも言えます。

私は、自分自身もそこを歩きながら、共に歩んでいく同胞を見守る一人でありたいと思っています。

そのようなことから私はいま、『ヒーリングの道』へと足を踏みいれ、歩き始めたところなのです。

|

手で触れるということ

私は自分自身をヒーリングするとき、まず自分自身に触れることからはじめます。

横になってリラックスし、おなかや胸のあたり、あるいは額や頭部に手をおいて、そのままじんわりとからだにエネルギーが流れるのを感じます。

疲れがひどいときは、背中や肩甲骨のあたりに手を置いたり、腰の後ろ側や尾骨のあたりに手を置いたりもします。

いずれにしろ自分の置きたいところに置き、場所を変えたくなったら手のおもむくまま、気のおもむくままに移動していき、どこか遊びながら・・・という雰囲気でやるのがコツです。shine

からだがじわ~としていくのをただ感じるだけで、心もからだもリラックスしていきます。

同時に疲れが軽くなったり、これだけで元気になったりもします。

テンションが上がってしまって、疲れているのかどうかもわからなくなっているときは、これをやると『あ~、すごく疲れてたんだな~』と分かりますし、『少しからだを休めなきゃ』と自分のありのままを受け入れ、いたわることができたりもします。

ともかく、自分はまず手で触れること、これがはじまりであり、同時に一番奥深いことだと思っています。

もうひとつ、大事なことがあります。

手で触れて、じわ~っとしていると、たまにふっと大事なことに気づいたりします。

例えば『あ、いま自分がすべきことは○○ということだ・・・』とか、

『あのことは、こうすればよかったんだ・・・』とか、

『あの人が本当に言いたかったことは、こういうことだったんじゃないかな・・・』とか、

いろいろな前向きな気づきに恵まれます。

最近は悩んだときなど、その問題に意識を置きながら、この「じわじわ~っ」をやることがあります。

そうすると不思議に頭の中が整理されてきたりするんですね・・・。

いわば、ちょっとした『瞑想』みたいなものですね ☆

ともかく私は昔から「こまったら手を置いてみよう!」ということが多かったように思います。

原始的な記憶とでもいうのでしょうか・・・。

そういったことから、私は手の持つ力、手で触れることの意味を、ヒーリングをしながら探っていきたいと思います。

|

アチューメント(エネルギー伝授)について

いまモニターで行なっている、アチューメント(エネルギー伝授)についてお知らせします☆

◇アチューメントとは?

レイキ・ヒーリングには「アチューメント」というエネルギー伝授の方法があります。これによってヒーリングの回路が開かれます。

アチューメントを受けると、自分自身でセルフ・ヒーリングができるようになり、また家族や友人あるいはペットなどに対し、簡単なヒーリングができるようにもなります。

◇どうやって「回路」が開かれるの?

エネルギーの伝授はよく楽器の「チューニング」にたとえられます。

自分自身が大きな楽器のようなものだと考えてみてください。(実際、地球や宇宙とのつながりまで含めると、人は大きくて繊細な楽器のようです。)

この楽器はとても大きくて、人ひとりの力ではなかなかチューニングできません。

そのため、ヒーラーの力や自然界の力(エネルギー)、または宇宙的な力や、数々の霊的な力(精霊や高次の存在のエネルギー)を借りて、心や体、そして魂全体をチューニングするのです。

アチューメントはこのように、とても神聖な、そして精妙なエネルギー伝授のプロセスとなっています。

◇セルフ・ヒーリングの重要性

ヒーリング・セッションを受けることにより、心や体はよりよい方向に変化していきますが、自分自身で継続的なヒーリングを行なうことで、より深いレベルでの変化を促すことができます。

また自分自身の心や体の変化に対しても、徐々に感覚が磨かれていき、より実感の伴なった理解ができるようになります。

◇アチューメントの実際

第1段階:肉体や物質へのヒーリング

第2段階:心や感情へのヒーリング

第3段階:霊的レベルでのヒーリング

主に3つの段階があり、各段階に応じたエネルギーの伝授と調整を行ないます。

より確実な浄化(ヒーリングによる変化)とエネルギーの定着のために、各段階の間で21日間(3週間)のセルフ・ヒーリングを実践していただきます。

◇ヒーリングとは・・・

ヒーリングの能力は誰でも持っているものです。しかし現代社会の中で自らそれに気づき、深めていくことは簡単ではありません。

しかしながら、レイキのアチューメントでは、誰でも比較的無理なく、自己の内面に眠るヒーリングの能力と出会い、目覚め、深めていくことができます。

自分自身の心やからだに対して「癒し」を起こしたいと思われる方、あるいは自己の「霊性」や「霊的エネルギー」について関心のある方。

または身近な人を癒したい、人を元気にしてあげたい、というお気持ちのある方に、おすすめします。

皆さんにとって、皆さん自身の「手」の持つ力に・・・そして「あなた自身」の力に気づくきっかけとなれば、幸いです。

----------------------------------------------------------------

現在行なっているアチューメント(モニター)は、レイキ・ヒーリング(臼井式)のレベル1(肉体と物質のヒーリング)です。

モニター価格のため、予定価格のおよそ半額の6,000円にて行なっています。

(アチューメントのセッションは、レクチャーも含めて、約2時間です。)

ご希望の方は、メールにてお問い合わせください。

日程についてご相談させて頂きます。また複数人(ご家族、友人同士など)でのお申込みも受け付けていますので、お気軽にご相談ください。

|

セッションメニュー ・ ヒーリングルームへのご案内

セッション・メニューとヒーリングルームへのアクセスについてのご案内です ☆ ☆ ☆

時間はいずれもカウンセリング(セッション前の問診と、セッション後の振り返り/前後合わせて、レベル1は5~10分程、レベル2・3は30~40分程)を含みますのでご注意ください。

<初めての方に>

○ヒーリング・レベル1 (ベーシック)  1セッション=40分 4,000円

『レイキ』という日本生まれの「手当て療法」をベースにしたハンド・ヒーリングです。

不調な箇所に手を当て、穏やかな「気」で緊張を緩和し、心身を安定した状態に導きます。心身の全般的な不調に作用しますので、初めての方はまずこちらからどうぞ。

<より深いレベルでのセッション>

○ヒーリング・レベル2 (リーディング・ミックス)  1セッション=80分 8,000円

ベーシックなハンド・ヒーリングに『リーディング』(心身を包むエネルギーに触れ、情報を読み取ること)を加えたセッションです。

主にチャクラ(エネルギーの出入り口)をスキャン(順番に触れていくこと)しながら、心身の状態を示す「サイン」を読み取ります。

そして同時に、心身を整えるための「ヒント」やからだからの「メッセージ」を受け取り、お伝えしていきます。

場合により、霊的エネルギーからの直接的な「メッセージ」をお伝えすることもあります。

(※但し、これらのことは施術者のインスピレーションに基づくものであり、科学的に証明された事項ではありませんので、その活用や判断についてはご自身の責任において行なっていただくことを、あらかじめご了解ください。)

レベル1に比べて、よりスピリチュアル(霊的)なセッションになります。

○ヒーリング・レベル3 (ヒプノ・ミックス)  1セッション=120分 モニター価格 6,000円

  現在はモニターセッションとして行なっています☆
  (価格は予定価格よりお安くなっています)

『ヒプノセラピー』(退行催眠療法)を加えたセッションです。

催眠誘導によって、リラックスした状態で自己のより深い部分にアクセスしていきます。

主に幼児期への誘導を行います。(※前世への誘導は、現在は行なっていません)

インナーチャイルド(自分の中のもうひとりの自分、幼い頃に形成された自分自身)を癒していくことにより、より自分自身を深く受け入れ、自己に対する肯定的な態度を育むことができるようになります。

身体へのヒーリングと同時に行なうので、はじめての方でも比較的リラックスして受けていただけるメニューとなっています。

<セルフ・ヒーリングのためのアチューメント(エネルギー伝授)>

○レベル1:肉体と物質のヒーリング  1回=120分(レクチャー(講習)含む) モニター価格 6,000円

  現在はモニター価格にて行なっています☆
  (価格は予定価格よりお安くなっています)

 レイキ・ヒーリング(臼井式)の第1段階のアチューメントです。

 臼井式はもっとも一般的かつ基礎的なレイキ・ヒーリングの技法で、ヒーリングへの入門方法として適しています。

 レクチャーではハンド・ヒーリングの基礎となることからお伝えして行き、実際のアチューメント(ヒーラーの手で、回路を開いていくこと)を経て、セルフ・ヒーリングの実習も行ないます。

 第2・第3段階のアチューメントや、発展系としての「スピリット・レイキ」のアチューメントは、現在準備中となっています。

<アクセス>

JR川崎駅からバスでお越しいただけます。

川崎駅西口 58番のりばより 54系統 「小倉下町経由 元住吉行」 にて10分、

「江ヶ崎八幡」バス停下車 徒歩2分ほどです。

(ひとつ前のバス停は、「新鶴見小学校南」です。)

<地図>

※クリックすると拡大します。

Photo

|

Hands On Hands について

ヒーリングルーム『Hands On Hands』では、ヒーリング・セッションによる心身両面でのサポートと、セルフ・ケアのためのヒーリング・スキルの提供を行なっています。

私自身が障害者福祉の世界で働いてきたこともあり、障害者福祉や高齢者福祉、またはその他の対人援助の現場(医療や看護、教育など)で働く方々のためのヒーリングを主たる活動としています。

(※その他の業種の方、または一般的な症状をお持ちの方にも対応しています。)

セッションでは、「レイキ」というハンド・ヒーリングをベースとして、必要に応じてリーディング(心身を包むエネルギーへの接触と読み取り)も取り入れています。

これらの手法によって心身両面のリラクゼーションと霊性(より高次の精神的基盤)への気づきをサポートしていきます。

また日常的なセルフ・ケアのために、レイキの「アチューメント」(エネルギー伝授)も行なっています。アチューメントを行なうと、ご自分でもヒーリングができるようになり、よりヒーリングが身近なものとなっていきます。

セッション、およびアチューメントに興味を持たれた方は、まずはメールにてご連絡ください。

E-mail : スパムメール防止のため、暗号化されています。右側の「プロフィール」ページにて「メール送信」をクリックしてください。(携帯からの方は、私の個人アドレスへ送信ください。)

<セッション実施日と予約方法>

普段は施設勤務以外の時間を、セッションに充てています。

主に週末(隔週)にオープンしていますが、平日も都合が合えば対応しています。

いずれの場合も、事前のご連絡(ご予約の申し込み)をお願いしています。

火曜日、木曜日(夕方のみ)

金曜日(終日)、土曜日、日曜日(隔週で終日)  事前予約制

ご予約は メールにてお願いいたします。

|